越後長岡の風情と芳香に浸る、醸造の町・摂田屋巡り【2】星野本店〜長谷川酒造編

地元出身のボランティアガイド、服部さんと巡る「醸造の町」摂田屋ツアー。 【1】 に続き、麹が香る町を歩きます。味噌・醤油と清酒の蔵元を訪ね、古き良きものを大切に守ってきた人々の声に耳を傾けました。  

レシピや教室で料理の提案も 味噌と醤油の「星野本店」

さらに摂田屋の奥へと歩を進め、「星野本店」へ。弘化3年(1846年)創業の、味噌と醤油の蔵元です。

主屋前に置かれた大きな「三十石桶」が「星野本店」の目印。

星野本店の星野美代子さんにお話を聞きました。

「初代の星野三五衛門が江戸で修業してここに戻り、創業当初は醤油だけ。当時はみんな、味噌は家で作っていましたから。

江戸時代、醤油は貴重品で、庶民が食べられるようになったのは明治以降。味噌の醸造を始めたのは昭和になってから。昔は家庭でも樽や桶で大量に作っていましたが、いまは1kgが使いきれない家も多くて、750gや500gなど小さなものが主流です。朝はパンで簡単に済ます家も多いでしょうし、和食が世界遺産になっても、意外と日本人が和食を食べていないのかもしれないですね」(星野さん)

農林大臣賞や各種品評会で受賞した「こいくちしょうゆ 蔵元」「うすくちしょうゆ 白雪」など、特徴ある商品が並ぶ展示スペース。この建物は江戸時代末期に建てられたそうです。

「長岡・越路地域の大豆『こしじ娘』を使った『越後味噌 越の天恵』は関東で人気があって、味がとてもいいんですよ、手前味噌ですが(笑)。

この味噌を使ったフリーズドライの味噌汁もあり、これを通じて味噌も気に入ってもらえたらと思っていたのに、そこがなかなかつながりません。食に関心の高い人と簡便さを求める人、二極化しているようです。でも、フリーズドライは東日本大震災後に大活躍でした」(星野さん)

醸造元としてウェブサイトで料理レシピを紹介したり、料理教室を開催したりする中で、星野さんは日本人の食文化の変遷も見てきました。

「醤油の味には地域差がありますが、最近は甘い味が好まれますね。新潟は薄口醤油があんまり育たないと言われ、うどんのつゆも真っ黒でしたが、食文化の交流で変わってきました。甘口の薄口醤油が人気だったり、だしの利いた京風のうどんが好まれたり。

30年ほど前に売り出した麹は息の長い商品になっていて、塩麹を使った料理教室にはのべ100人以上が参加してくれました。調味料として和食にも洋食にも使えるし、食育に活用したいという声もあって。塩麹がブームになって、これのこと? と思いましたが、新潟県ではブームに関係なく昔から麹を使っていたんですよね」(星野さん)

株式会社星野本店・代表取締役の星野孝さんと奥さまで常務取締役の星野美代子さん。

「衣装蔵だった土蔵も見せてもらいましょう。3階建ての蔵は珍しいですよ」とガイドの服部さん。登録有形文化財の蔵の中に入ってみました。

明治15年建造の衣装蔵。中で落語会が行われたこともあり、50人ほど詰めかけました。

土壁の内部構造をオブジェとして展示。何層にもなっていることがわかります。

趣がある美しい蔵、ここも中越地震の影響を免れませんでした。

「地震で観音開きの扉が下がって、取り壊しも考えていたら、文化財の保存・修復を専門としている長岡造形大学の先生が『3階建ては珍しいから残したらどうか』と。大学の卒業生でもある職人さんが『直りますよ』と言ってくださって。

9層になっている壁の構造がわかるように見せたらという提案もあって展示してみました。蔵に関心を持ってくれる人がいるのはうれしいですね。漆喰の修復に時間がかかりましたが、残してよかったです」(星野さん)

蔵の扉は三重。服部さんのメモによれば、この漢文は『親に尽くし、上司の命に従う。慎み深く寡黙に。おそれおびえる。勤勉で倹約する』といった意味だそうです。

星野本店
[住所]長岡市摂田屋2-10-30
[電話]0258-33-1530
[営業時間]9:00~17:00
[定休日]日曜、祝日定休 ※土曜は不定休
[HP] http://www.hoshino-honten.jp

「観光で来る人は、メイン通りにあるサフラン酒と吉乃川を見学して終わりということも多いけれど、この界隈もゆっくり歩いてみてほしいですね。

次は長谷川酒造。通常のツアーでは組み込まれていませんが、お客さまからリクエストがあればご案内しています」(服部さん)  

丁寧に米を洗い、小さなタンクで仕込み 蔵人の手で伝統を守る「長谷川酒造」

長谷川酒造は天保13年(1842年)創業。当時は摂田屋に清酒の蔵元が5軒ありましたが、いまは吉乃川と長谷川酒造の2軒になりました。

明治19年に建造された主屋が登録有形文化財。かつては当主の住居で、現在は試飲ができるスペースと事務所になっています。

長谷川酒造の比田井聡子さんに話を聞きました。

「屋号は『信州屋』といいまして、信州の武家だった若者2人が戦国時代に越後に移り住み、ここを開墾したことに由来します。米作りをしていたのですが、米でお神酒を造って奉納し、残酒を販売したのが始まりです。

2代目からずっと『彌吉(やきち)』という名前を襲名してきましたが、先代からやめて、いまは違う名前になっています。ここで造っているのに『信州屋』というのもおかしいですけど(笑)。信州のお米を使った銘柄もありますし、新潟の酒米「越淡麗」を使った銘柄もあります」(比田井さん)

新潟県内限定酒「越後長岡城 特別本醸造」をお土産に。

看板ブランド「雪紅梅」と年末年始に限定販売される「初日正宗」。「雪紅梅」のラベルの文字は作曲家・遠藤実が書いたもの。

「先代の社長が遠藤実さんと親しくて、命名してくださったお酒が『雪紅梅』。ここに遊びにいらしたこともあるそうです」と比田井さん。

米を丁寧に手で洗い、和釜で蒸し、小さなタンクで仕込み、酒造りのほぼすべての工程が蔵人たちの手作業なのだとか。

「現在は蔵人が5人、若い人もいますよ。伝統の継承は簡単ではないですが、歴史の重みを考えると、古いからこそ守っていかなければと思います。建物だって、壊してしまったら同じものはもう造れませんから」(比田井さん)

比田井聡子さんは長谷川社長の娘さん。ご家族を中心に、しっかりと伝統を守っています。

老舗として伝統を守りながら、新しいプロジェクトにも果敢に挑戦する長谷川酒造。最近、ユニークな日本酒専門店「KURAND」とタッグを組み、新銘柄を企画・開発しました。東京で営業部長として活動している長谷川祐子さんの「長岡を照らし、長岡と共に歩んでいく」という思いが込められた、女性のための食中酒「ながおかのほし 特別純米酒」。原料には新潟県産「五百万石」と「こしいぶき」が使われています。

長岡では入手できないので、東京4ヶ所と埼玉・大宮にある「KURAND SAKE MARKET」でぜひ味わってみてください。

「ながおかのほし 特別純米酒」。3/9から「KURAND SAKE MARKET」各店(池袋・上野・渋谷・新宿・大宮)で提供が始まったばかり。写真提供:KURAND

長谷川酒造
[住所]長岡市摂田屋2-7-28
[電話]0258-32-0270
[営業時間]9:00~16:00※酒蔵見学は要相談
[定休日]土・日曜、祝日
[HP] http://www.sekkobai.ecnet.jp

  【3】 へ続く。味噌星六を訪ね、雁木通りを歩きます。  

Text: Akiko Matsumaru Photos: Tetsuro Ikeda (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)