ぬか床は社会の凝縮図?情報と価値設計のプロが語る「まちを発酵させる」ヒント

「発酵・醸造のまち」を掲げる新潟県長岡市。「まちや社会を発酵させるにはどうすればよいか?」という問いを立て「Long Life Circle Lab」というプロジェクトを始動させています。2019年4月には、第2回目となるトークイベント「ドミニク・チェンと夜の企画会議『「情報が社会を発酵させる」ってどういうこと?」を開催しました。

第1回目の様子はこちらをご覧ください
どう働く?どこに住む?自分らしい生き方を「発酵的」視点で考えてみた

ゲストは情報学研究者のドミニク・チェンさんと、体験型ギフトサービスを展開するソウ・エクスペリエンス(株)広報の関口昌弘さん。トークに加わるのは水流(つる)潤太郎さん(長岡造形大学理事長)、そして進行役は安東嵩史 さん(東京在住の編集者)です。長岡駅前にあるフリースペース「コモンリビング」を会場に、参加者はお酒を飲みながら気楽な心持ちで話に耳を傾けます。「まちを発酵させるヒント」が沢山詰まったトークイベントの様子をご覧ください。

 

ぬか床の「多様性」が
まちの個性を醸す

長岡市を初めて訪れたというドミニクさんと関口さん。発酵のまち摂田屋は「蔵元と住宅が連続している風景」「何百年と根付く文化がそこにあるという安心感」「エリア全体でお客を迎えてくれる雰囲気」が印象的だったとのこと。

「摂田屋の魅力を高めていくには“発酵的アプローチ”が必要なはず。ぬか床にその秘密が隠されているのでは?」と水流さんも興味津津。情報やコミュニケーションの専門家としてドミニクさんは、どんな考えをもっているのでしょうか?

本題に入る前に、まずはゲストである情報学研究者ドミニクさんをご紹介しましょう。「発酵」を情報社会学的に考えたアプローチをする他、ウェブコミュニティの企画開発や早稲田大学文学学術院教授など多岐に渡る活動をしています。

ドミニク「今、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと一緒に、おいしいぬか床に含まれる菌を数値的に証明する実験をしています。そこで分かったことは、ぬか床は乳酸菌だけが頑張ってもおいしくないということ。実はグラムリンセン菌という、嫌なガスをまき散らす菌が重要だったんです。

ぬか床は『多様な環境』です。善良な市民のような乳酸菌、不良のようなグラム陰性菌、おもしろい変化を与えてくれる酵母など、膨大な数の菌たちが共存している。大事なのは『どれも必要』ってこと。

でね、これってアメリカのダイバーシティ問題をも、ぬか床的視点で解決できるんじゃないかと頭に浮かびました。ぬか床は乳酸菌が優勢でありながらも、雑菌が住める許容性はあって、いろんな菌がいないと特有の味や香りが生まれない。多様な人たちが共存して、その地ならではの個性が醸される。こんなまちが“ぬか床的なまち”なんじゃないかな」

 

エクスペリエンス(体験)を積み重ね
長期志向でまちのファンを増やす

一方、もう一人のゲスト関口昌弘さんは、自社の事業内容である「体験ギフト」を紹介。独自のまちづくり論が展開されていきます。

関口「『体験ギフト』は文字通り体験のギフト商品。乗馬、パラグライダー、ワイナリーツアーなど、自分ではお金を払ってまでしなかったことにチャレンジできると、母の日や結婚祝いなどのプレゼントとして選ばれています。体験提供者として様々な自治体と手を組んでいて、これが“まちの発酵”にもつながっています。

ギフトって『あなただけのもの』という特別感があるから気持ちが伝わるんです。だから僕たちは、メッセージを込めやすいものを商品として考えています。例えば『運動不足のあの人に体を動かしてほしい』とかね」

今や情報はインターネットで簡単に入手できますが、直に見る・触れる・知る機会は減っていて、オフラインとしての「体験」が再認識されています。安東さんはギフトを贈りたいと考えている時を「相手に関する情報がふつふつ発酵している状態」と表現し、「そんな状態を個人と個人から、個人とまち、個人とプロダクトなど様々な関係性の中でつくることで地方都市がおもしろくなるのでは」と意見。さらに水流さんが「関係性を濃くすることで、長岡市のファンを増やせるかも」と続け、ドミニクさんも「外国人が日本のファンになるためにも『体験型ギフト』はぴったり」と事業アイディアに関心を寄せます。

ここでキーワードとなったのが「時間軸」。多くの問題は長いスパンで考えることが成功の秘訣では?とスピーカーの意見が一致します。ドミニクさんが発酵から学んでいることも、まさに「長期志向」。50年モノのぬか床を受け継いだ経験から、生活や仕事を次世代に引き継ぐという発想に気付いたそう。まちづくりも同様で、一時的なブームにのって集客を狙うのではなく、数年後、もしくは自分の人生を超えた時間軸の中でどう働くのかを考えていくべきなのかもしれません。

ドミニク「今現在の効率化という観点でまちおこしをしたら、どこも似たような有名チェーン店ばかりになってしまう。まち固有のエクスペリエンスが失われてしまう」

長期的な視点で「エクスぺリエンスがあるまち」を育んでいくことは、魅力的なまちづくりのポイントになりそうです。

 

マイナス要素を排除しない
人ではなく環境を変える

「いま長岡は空き家問題が深刻です。多様な人たちが活動しやすい場作りとしてリノベーションも考えていますが、ぬか床のように発酵させるには?」と水流さん。そんな時、発酵的視点ではどんなことを行うのでしょうか。

そのヒントとして、ドミニクさんは福岡県大牟田市の事例を紹介します。日本一の高齢化率である大牟田市では認知症の高齢者が多く、徘徊が問題となっていました。そこで「認知症SOSネットワーク(以下、認知症SOS)」を立ち上げ、毎年3000人以上が模擬訓練に参加し、誰もが徘徊者を家まで送り届けられるような体制を整えました。その結果、徘徊死亡者が日本一少ないという実績を出しています。

ドミニク「対象ではなく『環境』を変えた好例です。実はこの考えはぬか床も同じで、うまく発酵しないときは、何かを加えて環境を変えてあげるんです」

しかし、今でこそ成果を上げている認知症SOSですが、当初は一部の人から猛反対にあったそう。そこで一人ひとりとじっくり話し合い、理解してもらえるよう地道に努力を重ねたそうです。全員を一度に納得させる魔法のアイディアではなく、10年以上時間をかけた結果でした。

「環境を変える」という視点は、様々なシーンで活かせそうです。関口さんの会社ソウ・エクスペリエンス(株)でも、まさにその視点で「子連れ出勤」を実現させたといいます。少数精鋭のスタッフの一人が産後に早期復帰を希望したため、子連れ出勤可能にしたとのこと。結果は、慣れてくれば本人も周りも問題なし。子連れだとパフォーマンスはやや下がりますが「会社にフィットしてくれる人が居続けてくれることに価値がある」と関口さんは断言します。

徘徊する高齢者も子連れ勤務者もマイナスと捉えない。それらは、まちや会社の構成要因の一つであって、「排除せずに環境を変えていこう」とリスクヘッジをしない決断が成功を生みました。これは、多様な菌が共存するぬか床と似ています。(人間にとって)良い菌も悪い菌も受け入れていく――そんな姿勢が社会にも求められているのかもしれません。

 

人が介入すると「オリジナル」に!
ぬか床とエクスペリエンスの共通項

ぬか床はまるで社会の凝縮図のよう。そこは目に見えない菌たちで構成された奥深い世界が広がっています。そんな発見の多いぬか床の世界を、より多くの人に広めようとドミニクさんが開発したのが「ぬか床ロボット NukaBot」です。人間が管理しない自動化が目的と思われがちですが、実際はその真逆でねらいは「エクスペリエンス(体験)」のためとのこと。

ドミニク「年代モノのぬか床に近付けるように、テクノロジーを利用しようという試みです。目指すのは『安心して冒険できるぬか床』(笑)。客観的数値で健康状態が分かるから、ハチミツや酵母入りビールなどを入れても腐りにくく、フィードバックを得ることができます。つまり、ぬか床と自分とのオリジナルな関係性を日々体験するための、サポートをしてくれるロボットなのです」

ぬか床は手入れを続ける中でオリジナルになりますが、これは「体験も同じ」と関口さんは声を揃えます。

関口「体験ギフトは、ネットやSNSで得た知識の追体験とは異なります。世間の評判は関係なしに、そこで体験する人たちの特別な時間が流れる。つまりオリジナルなんです」

最後に、ドミニクさんは心理的側面から、まちづくりのヒントを考察します。心理学的概念の「ウィルビーイング」は、幸福で心がいきいきとした状態のことで、実はポジティブが3に対してネガティブが1ないと、心が崩れやすいという結果が出ているといいます。つまりは「感情の多様性」が必要とのこと。さらに、辛い姿をお互いに見せ合う「痛みの共有」は、連帯感が上がって協調できるという研究もあるそう。

ドミニク「認知症SOSはまさに痛みの共有です。正確に言うと『自分もいずれ認知症になるかも』という不安感ですかね。人間がもつ老いへの不安感を共有し、まち全体が変わっていこうとする団結力がそこにはあります」

 

まちや会社を発酵させたい!
参加者からの質問タイム

尽きることのない、まちと発酵のトークセッション。2時間があっという間に過ぎていきました。次は参加者からの質問タイムです。

「まちや組織が成長するための『心理的安全性(気兼ねなく発言でき、自分をさらけだせる雰囲気)』はどう作れば良いか?」という問いには、誰もが書き込めるメモ欄を付け加えた町内回覧板、ポストイットで匿名の悩み相談掲示板を作るアイディアを紹介。まずはいろんなアイディアを実践してみることが大事とのアドバイスがありました。また、地域のお祭りのように、もとは「悲しみの共有」を昇華させた行事にもヒントがあるとの意見も。いずれにせよ、長期スパンでの取り組みが必要そうです。

別の参加者からの質問は「農村部を発酵させるには?」というもの。ぬか床的解決アプローチは二つで、ぬかを半分以上入れ替える、もしくは別の菌(野菜)を入れてみることですが、まずは地元に住む人たちの困りごとを可視化してみるのが先決。現状を知ったうえで、少しずつ新しいものを投入し、かき混ぜていくのが良さそう。そのためには、若い世代と高齢世代とのコミュニケーションが不可欠という意見が出ました。

「改めて“発酵”というテーマは広がりがありますね。長岡でこんな話を何度も続けていくうちにみんなが勝手につながって、まちがおもしろくなっていくんじゃないかな」と安東さんが総括し、これにてイベントは終了。情報や価値設計のスペシャリストによるトークから、参加者のみなさんは何を感じ取ったのでしょうか?「多様性」「環境を変化させる」「長期志向」「非リスクヘッジ」「痛みの共有」……etcまちを発酵させるヒントが至るところに散りばめられていました。新たな気付きは、きっと新たなつながりを生んでくれることでしょう。

今後も「Long Life Circle Lab」では、発酵を多角的な視点から捉えたイベントを随時開催していきます。どうぞお楽しみに!

 

Text: 渡辺まりこ Photos: 池戸煕邦