新潟県長岡市中心部から東へ20km。周囲を山々に囲まれた栃尾地域は、名峰・守門岳(すもんだけ)の清水と肥沃な土壌に恵まれ、地形を活かした棚田では朝夕の寒暖差から上質なお米が実ります。自然の恵みであるこのお米で作る麹を使い、醸造業を営んできたのが「三崎屋醸造」。地域の人に愛される“なじみの味”を求めて老舗蔵元を訪ねました。
栃尾の中心市街地である谷内通り。まるで昭和時代にタイムトリップしたような、風情ある雁木が続いています。この一角に佇む建物が創業昭和25年の三崎屋醸造です。
建物に足を踏み入れると、手前に事務所と直売ショップ、奥に製造所があります。かつて蔵人たちが寝泊まりしていた2階部分は、現在も社長家族の住居として現役です。
三崎屋醸造は、新潟県内で初めて甘酒を販売した蔵元。昨今の“発酵ブーム”よりはるかに先駆けて、なぜ販売を始めたのでしょうか?杜氏の中村定夫さんに伺いました。
「甘酒の販売を始めたのは昭和30年代頃ですね。きっかけは、地元婦人会からの『会合でお酒の代わりに飲めるノンアルコールドリンクを作ってほしい』との要望でした。美味しくてヘルシーな米麹の甘酒は大好評だったそうですよ」
当時の主流はアルコール入りの酒かす甘酒で、米麹甘酒は家庭で作れるものでありながら、温度管理が難しく失敗しやすかったそう。女性たちの反応を見て「これは売れる」と確信した先代は、さっそく濃縮タイプの砂糖入り「あま酒」を販売。その予想は見事に的中し、新潟県内はもとより全国へシェアを伸ばす大ヒット商品となりました。
平成元年には、ノンシュガーの濃縮甘酒を販売。ナチュラルな甘さが健康を気にする方の心をつかみ、売上は上々でした。
甘酒の需要がじわじわと広がる中、「もっと手軽に楽しみたい」という声が目立つようになったそう。そこで平成8年に登場したのがストレートタイプ。美味しさの決め手は“栃尾の清水”で、米本来の甘みを活かしたクリアな味わいは、水質が悪い地域のお客さんに特に喜ばれました。さらに大手百貨店からの依頼で各種甘酒も開発し、その数年後の発酵ブームで爆発的に売上げが後押しされました。
三崎屋醸造の自慢は甘酒だけではありません。昭和20年代には旧農林省に試験指定工場として選ばれ、業界の発展に大きく貢献。戦後は新製法の速醸醬油が、地方の食糧不足を救いました。
「私たちの醬油の特徴は『うま味』。あっさりとした風味で色は薄めなので、様々な料理に使いやすいんですよ」と中村さん。製法特許を取得した「うまくちしょうゆ」は、核酸系のうま味を酵素に分解されないようにと、先代が苦労の末に開発した逸品。すっきりとした味わいが煮物によく合います。
看板商品の一つが高級かつお節醬油「蘭」。かつおだしが香る上品な味わいは、栃尾名物「あぶらげ」とも相性ぴったりで、栃尾地域のあぶらげ専門店のほとんどで愛用されています。
最近新たに開発したのは、小麦不使用の「糀しょうゆ」。通常は小麦と大豆の麹を使うところ、小麦の代わりに米麹を使用。小麦アレルギーを持つ方にとっても嬉しい商品です。
みその種類も豊富です。赤みそ、白みそ、低塩みその他、昆布をまいた変わりみそまで揃っています。
なかでも特におすすめだというのが「醍醐味」と「卓」。新潟県産コシヒカリと国内産大豆の厳選材料を使用し、天然醸造でうまみを最大限に引き出した逸品です。「みその風味が濃いから、お湯に溶き入れるだけでうまいみそ汁になりますよ!」と中村さん。厳選材料で手間暇かけた味わいは、こだわり派に喜ばれています。
その他にも、みそ床に野菜を漬け込んだ「みそ漬け」、醬油の原料である“もろみ”を食べやすくアレンジした「しょうゆの実」など、白いご飯によく合いそうなおかず系も充実。いまだ人気健在の塩こうじは「つけ上手」としてブームのはるか前から販売され、地元のおかあさん達にとってなくてはならない存在となっています。
「栃尾は豪雪地帯で長らく冬場は“陸の孤島”状態でした。山をおりてまちなかに買い物へ行けない、そんな地域の人たちのため、先代は美味しい醬油やみそ、甘酒を届けたいと考えたのでしょうね。私たちの蔵の規模は小さいですが、だからこそ栃尾の自然を活かした“地元に誇れるいいもの”を作っていきたいです」
地域に根差し、そこに住む人々に想いを馳せて醸す三崎屋醸造。清冽な水と澄んだ空気が生むおいしい発酵食品の数々は、地元の人たちの食卓へ浸透し愛され続けています。
三崎屋醸造
[住所]新潟県長岡市滝の下町4-39
[電話]0258-52-2062
[営業時間]8:30~17:30
[定休日]土・日曜、祝日